まずは、活動自粛をがんばった皆さん
お疲れ様*\(^o^)/*
地域差はありますが、今日で緊急事態宣言が全地域解除されました(≧∇≦)

『まだまだ!』と日本人なら言ってしまいたくなりそうですが(゚ω゚)
まずはこの2ヶ月に及ぶ自粛を耐え抜いたすべての皆さんに大きな拍手を!!!

著名人が亡くなったり、と様々なことがありましたね。
生き残った僕らがその人たちの分も目一杯楽しく生き抜きましょう(*´꒳`*)

さて、今回の投稿は
『僕の危機管理』です

湾岸戦争が起こったのが1991年
イラクへの空爆を連合国軍が開始した時
吉村家は『欽ちゃんの仮装大賞』を観ていました
突然切り替わったテレビの放送
緊張感漂うアナウンサーの声
当時僕は10歳でしたが、その時の様子は夕食のメニュー、テレビの位置、家族の座る位置まで鮮明に覚えています
子供ながらに、世の中が大変なことになるという危機感をもったのでしょう

アメリカ同時多発テロが2001年
僕は東京で1人暮らしをしていました
夜、家に帰ってきてテレビを付けた時に見た衝撃的な映像
当時はようやく携帯電話が小型化した時代なので、もちろんSNSやLINEなどなかったですが
映像を見た瞬間、すぐに母親に電話しました
電話した理由は『同じことが東京でも起こるかもしれない』という危機感からです
母親は火曜サスペンスを見ていたのにニュースになったので寝ようとしている時でした笑
当時の僕は『東京や日本で同じことが起こるかもしれないのになんで寝るんだ!』
と言っていたそうです笑
その日は夜中じゅうテレビに釘付け、翌日も学校へ行かず家でテレビを観ていた記憶があります

新型コロナウイルスが猛威をふるい始めたのが2020年
これも母親から最近聞いた話ですが(僕は記憶なし笑)
2月の頭に母親に『まずはこの新型コロナウイルスから生き残ること。そこへ全力で取り組んで、生き残ったらまた遊ぼう』と言っていたようです
母親は『何を大袈裟に』と思っていたようですが、その後の結果はご存知の通り

自身が生き残るために、母親を思いっきり抱きしめるために、外出を禁止し、外食をなくし、生協で食べ物を注文し、Amazonでの買い物を一切やめ、現金を残してどのような状況にも対応できるようにして過ごした2ヶ月でした

ただ、活動自粛という定義は僕にはあてはまりません
リモートでの仕事、経費を極限まで少なくした生活スタイル、在庫を持たないビジネスモデル、現状ベストな住まいの選択など皆さんがここ2ヶ月経験した生活を5年間続けてきたおかげで、現金をほとんど必要としない生活を今のところ送っています

今年に限っては、2018年から始めたフリスビー関連の活動に賛同いただいたスポンサーさんから、総額で450万円弱(日本銀行券換算)(5/25現在)の支援をいただくことができました♪( ´θ`)

僕の人生はもちろん僕のものなので、僕を中心に組み立てられますが、たくさんの人をそこへ巻き込み、今まで以上により楽しく、より充実したものにしていけたら
と思っています

主体性をもった、どこにも属さないけど1人でも団体を凌駕する、例えていうならリヴァイ兵長(進撃の巨人より。1人で1個旅団(4000人くらい)と等価)のような強さをもって明日から歩んでいけたらと思ってまーす(๑>◡<๑)

長い文章だ笑 そして、僕は熱い漢だ笑